FI

SAP ワンタイム仕入先とは?

1. ワンタイム仕入先の基本概念と活用シーン

SAPにおけるワンタイム仕入先は、単発または低頻度の取引先との業務処理を効率化するための重要な機能です。従来のビジネスパートナー(BP)マスタ管理では、取引頻度の低い仕入先に対してもフルスペックのマスタレコードを作成する必要がありましたが、ワンタイム仕入先機能を活用することで、この課題を解決できます。

ワンタイム仕入先の最大の特徴は、マスタレコードに具体的な仕入先情報を保持せず、「空箱」のような状態で管理することです。実際の取引時には、伝票入力画面で直接仕入先の詳細情報(会社名、住所、銀行口座等)を入力します。これにより、一度限りの取引や年に数回程度の取引先に対して、個別のマスタレコードを作成・管理する手間を大幅に削減できます。

活用が推奨される業務シナリオ

シナリオ適用理由効果
単発の設備購入継続取引の見込みがないマスタ管理工数削減
緊急時の調達迅速な処理が必要処理時間短縮
海外出張費精算地域固有の支払先地域別マスタ不要
一時的な外注先プロジェクト限定取引マスタ肥大化防止

特に製造業においては、生産設備の単発購入や緊急時の部品調達で威力を発揮します。また、サービス業では出張費精算や一時的な業務委託において、ワンタイム仕入先の活用メリットが大きくなります。

2. SAPにおけるワンタイム仕入先のテーブル構造

ワンタイム仕入先機能を理解するためには、関連するテーブル構造を把握することが不可欠です。SAPのワンタイム仕入先は複数のテーブルが連携して動作しており、それぞれが異なる役割を担っています。

主要テーブル一覧

テーブル名説明格納データワンタイム機能での役割
LFA1仕入先マスタ(一般データ)会社名、住所、連絡先空箱としてのマスタレコード
LFB1仕入先マスタ(会社コードデータ)支払条件、通貨、勘定会計処理用基本設定
T077K仕入先勘定グループグループ設定、制御情報ワンタイム勘定フラグ管理
BSIK仕入先未決項目未払金、前払金実際の取引データ格納
BUT000ビジネスパートナー(一般)BP番号、カテゴリS/4HANA環境でのBP統合

LFA1テーブルには通常の仕入先マスタと同様にレコードが作成されますが、ワンタイム仕入先の場合は具体的な会社情報が格納されません。代わりに、T077Kテーブルの勘定グループ設定で「ワンタイム勘定」フラグがONに設定され、この情報を基にシステムが特別な処理を行います。

データフロー構造

ワンタイム仕入先のデータフローは以下の流れで処理されます:

1. マスタレコード参照フェーズ
システムは入力された仕入先コードをLFA1テーブルで検索し、対応する勘定グループをT077Kテーブルで確認します。ワンタイム勘定フラグがONの場合、システムは追加情報の入力を要求します。

2. 伝票データ入力フェーズ
通常のマスタデータの代わりに、ユーザーが直接入力した仕入先情報が伝票ヘッダー部に格納されます。この情報はBSIKテーブルの拡張フィールドに保存され、会計伝票と紐づけられます。

3. 支払処理フェーズ
支払プログラム実行時には、マスタデータではなく伝票に格納された仕入先情報を参照して支払処理を行います。銀行情報や支払方法も伝票レベルで管理されるため、柔軟な支払処理が可能になります。

3. 勘定グループ設定とワンタイム機能の有効化

ワンタイム仕入先機能の中核となるのが勘定グループの設定です。この設定により、通常の仕入先マスタとは異なる動作をシステムに指示します。

ワンタイム勘定フラグの設定手順

仕入先の勘定グループ設定は、トランザクションコードOBD2またはSPROメニューから実行します。具体的な手順は以下の通りです:

設定パス:
SPRO → 財務会計(新規) → 債権管理および債務管理 → 仕入先コード → マスタデータ → 仕入先マスタデータ登録準備 → 定義: 仕入先勘定グループ/画面レイアウト

ここで重要なのは、既存の勘定グループを変更するのではなく、ワンタイム専用の新しい勘定グループを作成することです。例えば「ONETIME」といった分かりやすいグループ名を付け、以下の設定を行います:

設定項目推奨値説明
ワンタイム勘定必須設定項目
外部番号割当手動でのコード採番
一般データ-名称必須会社名入力を強制
一般データ-住所必須住所情報入力を強制
会社コードデータ-支払任意支払情報の柔軟入力

項目ステータス制御との関係

ワンタイム仕入先では、通常の仕入先マスタとは異なる項目ステータス制御が適用されます。3つの制御レベル(勘定グループ、処理別、会社コード別)のうち、最も制限的な設定が優先されますが、ワンタイム仕入先の場合は動的な項目制御が行われます。

伝票入力時には、マスタレコードに情報が存在しない項目について、システムが自動的に入力可能状態に変更します。これにより、住所や銀行情報など、通常はマスタレベルで管理される情報を伝票レベルで直接入力できるようになります。

設定時の注意点

ワンタイム仕入先の勘定グループ設定では、以下の点に特に注意が必要です:

番号範囲の管理
ワンタイム仕入先は通常1つのマスタレコードを複数の取引で使い回すため、番号範囲の設定は外部採番(マニュアル採番)を選択します。これにより、「ONETIME001」のような分かりやすいコードを設定できます。

画面レイアウトの最適化
ワンタイム仕入先のマスタ作成時には、最小限の情報のみを入力するよう画面レイアウトを調整します。不要な項目は「非表示」に設定し、マスタ作成の効率化を図ります。

承認ワークフローとの連携
ワンタイム仕入先を使用した伝票は、通常のBPマスタベースの伝票よりも承認プロセスを厳格にする企業が多くあります。この場合、ワークフロー設定での特別な制御を検討する必要があります。

4. ビジネスパートナー(BP)との統合設定

S/4HANA環境では、従来のベンダーマスタ・カスタマーマスタがビジネスパートナー(BP)に統合されています。ワンタイム仕入先機能もこの統合アーキテクチャに対応する必要があり、追加の設定作業が発生します。

BP番号範囲の定義

ビジネスパートナー統合環境では、仕入先コードとは別にBP番号の管理が必要になります。ワンタイム仕入先用のBP番号範囲を以下の手順で定義します:

設定パス:
SPRO → クロスアプリケーションコンポーネント → SAPビジネスパートナ → ビジネスパートナ → 基本設定 → 番号範囲/グルーピング → 定義: 番号範囲

ワンタイム仕入先専用の番号範囲として、例えば「OT」(01-99の範囲)を作成し、外部採番を設定します。この番号範囲は通常の仕入先とは明確に区別することで、運用面での混乱を防げます。

グルーピング設定

BP統合環境では、グルーピング機能を使用してワンタイム仕入先の特別な処理を定義します。

グルーピング要素設定値例説明
グルーピングONETワンタイム専用グルーピング
番号範囲OT上述で定義した範囲
BPカテゴリ2組織(法人)カテゴリ
BPロールFLVN00仕入先ロール

この設定により、ワンタイム仕入先作成時に適切なBP構造が自動生成され、財務会計機能との整合性が保たれます。

仕入先・得意先との連携

BP統合環境では、仕入先マスタとBPマスタ間のデータ同期設定が重要になります。特にワンタイム仕入先の場合、以下の連携設定を行います:

仕入先→BP連携設定:
SPRO → クロスアプリケーションコンポーネント → マスタデータ同期 → 得意先/仕入先統合 → ビジネスパートナ設定 → 仕入先統合設定

ここで重要な設定は、ワンタイム仕入先の場合にBPマスタの自動更新を無効化することです。通常の仕入先では仕入先マスタの変更がBPマスタに自動反映されますが、ワンタイム仕入先では伝票レベルでの情報管理が前提となるため、この自動同期は適切ではありません。

また、得意先機能も同時に使用する場合は、ワンタイム得意先用の設定も並行して行う必要があります。設定方法は仕入先と同様ですが、得意先特有の項目(与信限度額、販売組織等)について適切な制御を設定します。

5. 伝票処理におけるワンタイム仕入先の動作

ワンタイム仕入先の真価は、実際の伝票処理において発揮されます。通常の仕入先マスタベースの処理とは大きく異なる動作となるため、コンサルタントとしては処理フローを正確に理解し、ユーザーに適切な指導を行う必要があります。

請求書入力時の処理フロー

請求書入力トランザクション(MIRO)でワンタイム仕入先を使用する場合の処理は以下の通りです:

1. 仕入先コード入力段階
ワンタイム仕入先コード(例:ONETIME001)を入力すると、システムは該当マスタのT077K設定を確認し、ワンタイム勘定フラグを検出します。この時点で画面レイアウトが動的に変更され、追加入力フィールドが表示されます。

2. 仕入先詳細情報入力段階
通常はマスタから自動取得される以下の情報を、ユーザーが直接入力します:

入力項目必須/任意格納先備考
会社名必須伝票ヘッダー支払通知書に印字
住所情報必須拡張フィールド税務申告で使用
銀行口座任意支払情報銀行振込時に参照
税番号任意税務情報源泉徴収計算で使用

3. 会計伝票生成段階
入力された情報は会計伝票の拡張領域に保存され、通常の仕入先マスタ情報と同様に各種帳票や支払処理で参照されます。重要な点は、この情報が伝票レベルで管理されるため、同じワンタイム仕入先コードを使用しても、伝票ごとに異なる仕入先情報を持てることです。

支払処理での情報入力

支払プログラム(F110)でワンタイム仕入先の支払を処理する場合、通常とは異なる処理ロジックが動作します:

支払データ取得処理
システムは未決項目テーブル(BSIK)からワンタイム仕入先の債務を抽出する際、マスタデータではなく伝票に保存された仕入先情報を参照します。このため、同一のワンタイム仕入先コードでも、伝票ごとに異なる支払先情報で処理される可能性があります。

支払方法の決定
ワンタイム仕入先では、支払方法の決定ロジックも特殊になります。マスタレベルでの支払方法設定は空白または汎用設定となっているため、伝票入力時に指定された支払方法が優先されます。銀行振込の場合は伝票レベルの銀行情報が使用され、小切手支払の場合は伝票レベルの住所情報が使用されます。

会計伝票への影響

ワンタイム仕入先を使用した取引の会計伝票には、以下の特徴があります:

伝票ヘッダー情報の拡張
通常の会計伝票よりも多くの情報が伝票ヘッダーに格納されます。これは監査証跡の観点から重要で、後日の取引内容確認において、マスタデータに依存しない完全な情報を提供します。

レポート出力での考慮事項
仕入先元帳や支払履歴などの標準レポートでは、ワンタイム仕入先の表示に注意が必要です。同一の仕入先コードでも実際には異なる取引先との取引が混在するため、レポート設計時には伝票レベルの詳細情報も併せて表示することを推奨します。

6. カスタマイズ設定の詳細手順

ワンタイム仕入先機能の実装には、複数のカスタマイズ設定を体系的に実施する必要があります。設定漏れや設定ミスは運用開始後の大きな問題につながるため、以下の手順を正確に実行することが重要です。

トランザクションコード一覧

ワンタイム仕入先機能の設定・運用で使用する主要なトランザクションコードは以下の通りです:

トランザクション機能使用場面権限レベル
OBD2仕入先勘定グループ設定初期設定BASIS
S_ABA_72000039BP番号範囲定義初期設定BASIS
S_ABA_72000040BPグルーピング設定初期設定BASIS
FK01仕入先マスタ登録マスタ作成業務ユーザー
MIRO請求書照合日次業務業務ユーザー
F110支払プログラム定期業務業務ユーザー
FBL1N仕入先元帳表示照会・監査業務ユーザー

設定パラメータ解説

各カスタマイズポイントでの重要なパラメータについて詳しく説明します:

勘定グループ設定(OBD2)
ワンタイム仕入先専用の勘定グループでは、以下のパラメータ設定が特に重要です:

「ワンタイム勘定」フラグをONにすることで、システムがワンタイム仕入先として認識します。併せて「外部番号割当」もONにし、手動でのコード採番を可能にします。画面制御では、一般データの会社名・住所を「必須」に設定し、不要な項目は「非表示」にすることで、マスタ作成時の入力効率を向上させます。

BP統合設定
S/4HANA環境では、仕入先マスタとBPマスタの統合設定が必要です。番号範囲割当では、ワンタイム仕入先用のBPグルーピングに専用の番号範囲を割り当てます。また、データ同期設定では、ワンタイム仕入先の場合にBPマスタの自動更新を無効化することで、伝票レベルでの情報管理を維持します。

テスト方法

ワンタイム仕入先機能の動作確認では、以下のテストシナリオを実施することを推奨します:

基本機能テスト

  1. ワンタイム仕入先マスタの作成(FK01)
  2. 請求書入力での追加情報入力(MIRO)
  3. 会計伝票の内容確認
  4. 支払処理での情報参照(F110)
  5. 各種帳票での表示確認

統合テスト
複数の業務プロセスを組み合わせた以下のテストを実施します:購買依頼から始まり、購買発注、入庫、請求書処理、支払処理までの一連の流れで、ワンタイム仕入先が適切に機能することを確認します。特に、伝票間での情報の引継ぎや、各ステップでの画面表示が正しく動作することを重点的にテストします。

例外処理テスト
ワンタイム仕入先特有の例外処理も確認が必要です:必須項目未入力時のエラーハンドリング、重複する銀行口座情報の処理、支払方法変更時の動作、通貨変更時の影響などを具体的にテストし、業務運用での問題発生を未然に防ぎます。

8. まとめ

SAPワンタイム仕入先機能は、単発取引や低頻度取引の効率化において非常に有効なソリューションです。従来のマスタデータ管理の枠組みを超えて、柔軟で効率的な取引処理を実現します。

本記事で解説した通り、ワンタイム仕入先機能の成功実装には、テーブル構造の理解から始まり、勘定グループ設定、BP統合、そして実際の業務処理まで、体系的なアプローチが不可欠です。特にS/4HANA環境では、従来のECC環境とは異なるBP統合設定が必要となるため、移行プロジェクトでは十分な検討と準備が必要です。

コンサルタントとしては、単に機能を実装するだけでなく、企業の業務特性や既存プロセスとの整合性を考慮した設計が求められます。ワンタイム仕入先機能は強力なツールですが、適切な運用ルールと組み合わせることで、その真価を発揮します。

今後のSAP環境では、デジタル化の進展に伴い、より柔軟で効率的な取引処理が求められます。ワンタイム仕入先機能は、こうした時代要請に応える重要な機能として、さらなる活用が期待されます。適切な理解と実装により、企業の業務効率化に大きく貢献することができるでしょう。