品目マスタテーブル構造の全体像
SAPの品目マスタは、企業の製品・商品・原材料などを管理する中核的なマスタデータです。品目マスタの特徴は、単一のテーブルですべてのデータを管理するのではなく、複数のテーブルに機能別・組織別にデータを分散して格納している点にあります。
品目マスタのテーブル構造は、大きく「基本ビュー」と「組織依存ビュー」の2つのカテゴリに分類されます。基本ビューは全社共通で使用される品目の基本情報を格納し、組織依存ビューは販売組織、プラント、保管場所といった組織単位で異なる設定値を管理しています。
この設計により、同一品目であっても販売組織Aでは販売可能、販売組織Bでは販売停止といった柔軟な制御が可能になります。また、プラント別に異なるMRP設定や安全在庫を設定することで、地域や拠点の特性に応じた在庫管理を実現できます。
テーブル間の関連性は、品目コード(MATNR)を基軸として構築されており、各組織単位のテーブルでは品目コードに加えて販売組織コード、プラントコード、保管場所コードなどが複合主キーとして機能します。
基本ビュー関連テーブル詳細解説
MARA(一般品目データ)
MARAテーブルは品目マスタの中核となるテーブルで、全社共通の品目基本情報を格納しています。このテーブルは品目コード(MATNR)を単一主キーとして、品目の基本属性を管理します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の一意識別子 |
品目タイプ | MTART | CHAR(4) | 完成品、半製品、原材料等の分類 |
品目グループ | MATKL | CHAR(9) | 購買管理での品目分類 |
製品階層 | PRDHA | CHAR(18) | 販売管理での階層分類 |
基本数量単位 | MEINS | UNIT(3) | 品目の基準となる数量単位 |
品目ステータス | MSTAE | CHAR(2) | 全社レベルでの使用制限 |
MARAテーブルで特に重要なのは品目タイプ(MTART)です。この項目により、品目マスタで表示されるビューが制御され、完成品であれば販売ビューが、原材料であれば購買ビューが自動的に表示されます。また、品目ステータス(MSTAE)は全社レベルでの品目使用制限を制御し、ここで設定された制限は全ての組織単位で有効になります。
MAKT(品目テキスト)
MAKTテーブルは品目の名称や説明文を多言語で管理するテーブルです。品目コード(MATNR)と言語キー(SPRAS)を複合主キーとして、各言語での品目名称を格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
言語キー | SPRAS | LANG(1) | 言語識別子(日本語:J、英語:E) |
品目テキスト | MAKTX | CHAR(40) | 品目の名称・説明文 |
品目テキスト(検索用) | MAKTG | CHAR(40) | 大文字変換された検索用テキスト |
MAKTテーブルの設計で注目すべきは、検索用テキスト(MAKTG)の存在です。このフィールドはMAKTXを大文字変換したもので、品目検索時の性能向上とマッチング精度の向上を目的としています。多言語環境では、各言語でのテキストが個別レコードとして管理されるため、レコード数は品目数×対応言語数となります。
MARM(品目数量単位)
MARMテーブルは、品目の代替数量単位と基本単位との変換係数を管理します。品目コード(MATNR)と代替単位(MEINH)を複合主キーとして、単位変換に必要な情報を格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
代替単位 | MEINH | UNIT(3) | 代替となる数量単位 |
分子 | UMREZ | DEC(5,0) | 変換係数の分子 |
分母 | UMREN | DEC(5,0) | 変換係数の分母 |
EANコード | EAN11 | CHAR(18) | 代替単位でのEANコード |
MARMテーブルでの変換係数は分数形式で管理されており、「代替単位 × 分子 ÷ 分母 = 基本単位」の計算式で変換されます。例えば、基本単位がPC(個)、代替単位がCS(ケース)で1ケース=12個の場合、分子=12、分母=1として設定されます。
分類ビュー・会計ビュー関連テーブル
MBEW(評価エリアデータ)
MBEWテーブルは品目の会計評価に関する情報を評価エリア単位で管理します。評価エリアは通常プラントと同じレベルで設定され、品目コード(MATNR)と評価エリア(BWKEY)を複合主キーとします。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
評価エリア | BWKEY | CHAR(4) | 評価単位(通常はプラント) |
評価クラス | BKLAS | CHAR(4) | 勘定科目決定キー |
原価管理区分 | VPRSV | CHAR(1) | 標準原価/移動平均原価の区分 |
標準価格 | STPRS | CURR(11,2) | 標準原価での評価額 |
移動平均価格 | VERPR | CURR(11,2) | 移動平均での評価額 |
価格単位 | PEINH | DEC(5,0) | 価格の基準となる数量 |
MBEWテーブルで最も重要なのは原価管理区分(VPRSV)です。この設定により、在庫評価方法が標準原価(S)または移動平均原価(V)に決定され、後続の在庫移動時の会計処理方法が制御されます。評価クラス(BKLAS)は勘定決定時のキーとなり、品目タイプと組み合わせて適切な勘定科目が自動決定されます。
MLAN(税分類)
MLANテーブルは品目の税務分類情報を国別・税タイプ別に管理します。品目コード(MATNR)、国コード(ALAND)、税タイプ(TATY1)を複合主キーとして、各国の税制に対応した分類を格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
国コード | ALAND | CHAR(3) | 出発国コード |
税タイプ | TATY1 | CHAR(4) | 税の種類(消費税、輸出税等) |
税分類 | TAXM1 | CHAR(1) | 税率決定のための分類コード |
MLANテーブルは国際取引や複数国での事業展開において重要な役割を果たします。同一品目でも国によって税分類が異なる場合があり、このテーブルにより適切な税計算が自動実行されます。
T179(品目階層)
T179テーブルは製品階層のマスタ情報を管理する設定テーブルです。製品階層コード(PRODH)を主キーとして、階層の説明文や階層レベルを格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
製品階層 | PRODH | CHAR(18) | 階層コード |
言語キー | SPRAS | LANG(1) | 言語識別子 |
階層テキスト | VTEXT | CHAR(20) | 階層の説明文 |
階層レベル | STUFE | NUMC(2) | 階層のレベル番号 |
T179テーブルは品目マスタのMARAテーブルに格納される製品階層(PRDHA)の詳細情報を提供します。収益性分析や販売レポートにおいて、製品を階層別に集計・分析する際の基準情報として活用されます。
組織単位別ビューテーブル比較
MVKE(販売ビュー)とMARC(プラント・MRPビュー)の比較
MVKEテーブルとMARCテーブルは、それぞれ販売組織レベルとプラントレベルでの品目情報を管理する代表的な組織依存テーブルです。両テーブルの主要な違いを比較表で示します。
比較項目 | MVKE(販売ビュー) | MARC(プラント・MRPビュー) |
---|---|---|
主キー構成 | MATNR+VKORG+VTWEG | MATNR+WERKS |
管理単位 | 販売組織×流通チャネル | プラント |
主要機能 | 販売管理・価格設定 | 生産管理・MRP・在庫管理 |
重要項目 | 勘定設定グループ、明細カテゴリグループ | MRPタイプ、ロット管理、安全在庫 |
業務プロセス | 受注~出荷 | 計画~生産~在庫移動 |
MVKEテーブルでは勘定設定グループ(KTGRM)が重要で、これにより販売時の収益勘定が決定されます。一方、MARCテーブルではMRPタイプ(DISMM)が中核となり、資材所要量計画の実行方法を制御します。同一品目でも販売組織によって販売可能性が異なり、プラントによって生産方法が異なるという業務要件を、これらのテーブル設計で実現しています。
MARD(保管場所ビュー)の在庫管理項目
MARDテーブルは品目の保管場所別在庫情報を管理し、品目コード(MATNR)、プラント(WERKS)、保管場所(LGORT)を複合主キーとします。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
プラント | WERKS | CHAR(4) | プラントコード |
保管場所 | LGORT | CHAR(4) | 保管場所コード |
利用可能在庫 | LABST | QUAN(13,3) | 自由に使用可能な在庫数量 |
受注在庫 | UMLME | QUAN(13,3) | 転送中の在庫数量 |
品質検査在庫 | INSME | QUAN(13,3) | 品質検査中の在庫数量 |
ブロック在庫 | SPEME | QUAN(13,3) | 使用がブロックされた在庫 |
MARDテーブルの在庫項目は、在庫ステータスによって明確に区分されています。利用可能在庫(LABST)のみが実際の出荷や消費に使用でき、他の在庫区分は制限された状態を表します。この詳細な在庫区分により、品質管理や在庫統制を厳密に実施できます。
QMAT(QMビュー)の品質管理設定
QMATテーブルは品目の品質管理設定をプラント単位で管理します。品目コード(MATNR)とプラント(WERKS)を複合主キーとして、品質検査に関する制御情報を格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
プラント | WERKS | CHAR(4) | プラントコード |
QM管理区分 | QMATV | CHAR(1) | 品質管理の有効/無効 |
検査タイプ | PRART | CHAR(1) | 入荷検査、工程検査等の区分 |
検査計画グループ | PLNTY | CHAR(1) | 検査計画の種別 |
品質情報レコード | QMNUM | CHAR(12) | 品質データの参照番号 |
QMATテーブルの設定により、該当品目の入荷時や生産完了時に自動的に品質検査ロットが生成され、検査完了まで在庫がブロック状態で管理されます。製薬業界や食品業界など、厳格な品質管理が要求される業界では必須の設定となります。
実務で重要な拡張テーブル群
MAPP(品目アプリケーションリンク)
MAPPテーブルは品目マスタと外部アプリケーションとの連携情報を管理します。品目コード(MATNR)とアプリケーションID(APPID)を複合主キーとして、外部システムとの連携設定を格納します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
アプリケーションID | APPID | CHAR(2) | 連携する外部システムの識別子 |
外部品目コード | EXMATN | CHAR(40) | 外部システムでの品目コード |
連携ステータス | LKENZ | CHAR(1) | 連携の有効/無効状態 |
MAPPテーブルは、CADシステム、PLMシステム、外部カタログシステムなどとSAPを連携する際に重要な役割を果たします。特に製造業では、設計データと品目マスタを連動させるために頻繁に利用されます。
MEAN(品目EAN/UPCコード)
MEANテーブルは品目のEANコードやUPCコードなどの国際商品コードを管理します。品目コード(MATNR)と数量単位(MEINH)を複合主キーとして、複数のコード体系に対応します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
数量単位 | MEINH | UNIT(3) | EANコードが適用される単位 |
EAN/UPCコード | EAN11 | CHAR(18) | 国際商品コード |
EANカテゴリ | NUMTP | CHAR(2) | EAN-13、UPC-A等の区分 |
チェックディジット | LAENG | NUMC(2) | コードの桁数 |
MEANテーブルは小売業界や流通業界では必須のテーブルです。EDI連携やPOS連携において、内部品目コードと標準商品コードの変換テーブルとして機能します。また、同一品目でも包装単位によって異なるEANコードが設定される場合、MARMテーブルと連携して単位別のコード管理を実現します。
MFHM(品目生産履歴)
MFHMテーブルは品目の生産履歴や変更履歴を管理する履歴テーブルです。品目コード(MATNR)と履歴番号(LFDNR)を複合主キーとして、時系列での変更記録を保持します。
項目名 | フィールド名 | データ型 | 説明 |
---|---|---|---|
品目コード | MATNR | CHAR(40) | 品目の識別子 |
履歴番号 | LFDNR | NUMC(3) | 履歴の連番 |
有効開始日 | DATAB | DATS(8) | 変更の有効開始日 |
有効終了日 | DATBI | DATS(8) | 変更の有効終了日 |
変更理由 | AENNY | CHAR(20) | 変更の理由コード |
変更内容 | AETXT | CHAR(40) | 変更内容の説明 |
MFHMテーブルは、品目マスタの変更履歴を詳細に追跡できるため、規制の厳しい業界でのトレーサビリティ要件に対応します。また、システム監査や内部統制の観点からも重要な情報を提供します。
テーブル主キー・索引設計のベストプラクティス
品目マスタ関連テーブルの性能を最適化するためには、適切な索引設計が不可欠です。特に大量の品目データを扱う企業では、検索性能の劣化が業務効率に直結するため、戦略的な索引設計が求められます。
基本的な索引戦略として、主キー以外で頻繁に検索される項目に対してセカンダリ索引を作成することが重要です。例えば、MARAテーブルでは品目グループ(MATKL)や製品階層(PRDHA)での検索が多いため、これらの項目に索引を設定します。
組織依存テーブルでは、組織コードと品目コードの組み合わせでの検索が一般的ですが、逆順での検索(組織コードから品目コードを特定)も発生するため、複合索引の順序に注意が必要です。MVKEテーブルでは、VKORG+VTWEG+MATNRの順序だけでなく、MATNR+VKORG+VTWEGの順序でも索引を検討すべきです。
大容量データ環境では、テーブル分割(パーティショニング)も検討項目となります。特にMARDテーブルのような在庫データは、プラント別や年度別での分割により性能向上が期待できます。ただし、分割により複数パーティションにまたがる検索が発生する場合は、かえって性能が劣化する可能性があるため、アクセスパターンを十分に分析した上で実装する必要があります。
また、品目マスタテーブルは参照頻度が高い一方で更新頻度は相対的に低いという特性があります。この特性を活かし、読み取り専用のレプリケーションテーブルを作成することで、レポート処理やバッチ処理の性能向上を図ることも有効な手法です。